大分地方裁判所 昭和49年(ワ)511号 判決 1979年7月02日
原告 鵜木一男
被告 国
代理人 川勝隆之 石川公博 樋掛親男 岩本嘉昭
主文
原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 原告主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、原告に対する右弁護士法違反被告事件(以下、本件被告事件という。)は、本来無罪であるべきものを、これにつき有罪判決がなされて確定し(以下、本件有罪という。)、これによつて原告の名誉が著しく損われるに至つたのは、検察官の起訴並びにその訴訟遂行過程に違法行為があつたことに起因するものである旨主張するので、以下、この点について判断する。
原告は、検察官の違法行為としてるる主張するが、それは要するに、本件被告事件において、検察官が恣意書に基づいて原告の無罪を立証しうる証拠を隠し、有罪となるべき証拠のみを用いて起訴し、公判においても、原告の無罪を主張しうる証拠を提出しないのみならず、本件被告事件終了まで、右無罪を立証しうる証拠を押収したまま原告に還付せず、反証活動をさせなかつた違法並びに関係人の供述調書の作成に当つても供述者を威迫し、かつ法律用語の概念をあいまいにしたまま供述させ、原告を有罪にする意図のみで臨んだ結果、作成された供述調書は信用すべからざるものであるにもかかわらず、これを公判廷における供述以上の信用性のある証拠として裁判所に提出した違法行為をいうのであり、仮に、検察官が、関係人の供述調書を正確に作成し、証拠の価値判断を正しくしていたならば起訴しなかつたであろうし、また、無罪を立証しうる証拠を本件被告事件の公判廷に提出し、かつ原告の反証活動を妨害しなければ、原告の無罪は立証しえたものであるというにある。これからすると、原告の主張は、帰するところ、無罪であるべき本件被告事件が有罪とされたこと並びに無罪となるべき証拠の存在及び信用すべからざる供述調書の作成と存在がその前提となつていることが明らかである。
一般に、有罪の確定した刑事被告事件について、右刑事々件手続とは別個の民事訴訟手続において、右有罪認定に用いられた証拠の価値判断の当否、すなわち有罪認定の資料とされた証拠が犯罪事実を立証するに十分であるか、あるいは関係人の供述調書が信憑性を有するか等の判断の当否や、右刑事事件手続で取調べられなかつた証拠が、右事件の無罪を立証するに足る証拠といえるかどうかの判断をなすことは、ひつきよう右刑事被告事件における有罪の確定判決の判定それ自体の当否を判断することとならざるを得ない。
しかしながら、民事訴訟においては、有罪の確定判決における有罪判定それ自体の当否の判断を目的とした訴訟は勿論のこと、たとえ、それが民事訴訟における請求の当否の判定のための先決事項としてであつてもこれを判断することは許されないものと解するのが相当である。
けだし、現行法上、刑事被告事件については、刑事訴訟手続を設け、刑事責任確定の唯一の手続とし、その制度趣旨、目的に適合した訴訟構造、証拠法則等を定めており、しかも民事訴訟手続と同様、三審制の上訴制度を採用し、刑事判決の確定に至るまで上訴による救済の手段を付与しているのである。のみならず、一たん確定した有罪判決についても、その当否を争う手段として、再審あるいは非常上告制度を設け、刑事訴訟手続内部で右確定判決に対する救済手段を規定しているのである。これからすると、有罪判決に対する当否を争う方法は、右刑事訴訟手続による外はなく、民事訴訟手続においては、請求の当否を判断するに至つての先決事項としてであつても、右確定した刑事判決における有罪の判決それ自体を覆すことは許されないというべきである。そうでなければ、確定判決における法的安定性の要請に背理することはもとより、民事訴訟手続によつて、確定された有罪判決の判定自体を覆し、実質的に刑事訴訟手続で認められていない方法によつて有罪の確定判決を争いうる方途を認めることとなり、刑事訴訟手続及び民事訴訟手続と二系統のそれぞれ自己完結的な訴訟手続を整備した法の体系的秩序を乱す結果ともなるからである。
したがつて、本件において、原告提出の証拠はもとより、本件訴訟に現われた一切の証拠について、本件被告事件の無罪を立証しうるものか、あるいは証拠価値を有するかどうかの判断をすることは許されず、これを前提とする原告の本訴請求は、いずれもその余の点についての判断を待つまでもなく理由がない。
換言すれば、原告が本件のような請求原因を掲げて請求をするについては、まず、本件被告事件につき、本件で提出のあつた甲号各証を証拠として再審の申立をし、これによつて本件有罪判決を覆し、確定した無罪判決を得た後、初めてこれを為すべく、その場合に原告主張のように、検察官に、本件被告事件の起訴に当り、証拠の選択、価値判断に誤りがあつたかどうかその訴訟遂行過程に違法行為があつたか否かの判断をなしうるのである。
なお、付言するに、<証拠略>によれば、原告は、本件被告事件の訴訟手続過程(第一、二審を含めて)において、本件で、本件被告事件の無罪を立証するに足る証拠として提出した甲号各証の存在をほぼ知り、これを本件被告事件の弁護人にも告げ、その取調べ方についても話をしていることが認められるところであつて、本件被告事件に関与した検察官が、前記甲号各証の存在を本件被告事件の第二審終了まで原告を含めた訴訟関係人の目に触れないように全く隠していたとは窺われないところである。
三 上来説示してきたところによれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田畑豊 弓木龍美 高橋正)